普通のマムシより凶暴?対馬固有の毒蛇「ツシママムシ」を捕まえる
普通のマムシより凶暴?対馬固有の毒蛇「ツシママムシ」を捕まえる
実は、日本にはマムシが二種類いる。
まず本州・四国・九州に分布する、いわゆる普通のマムシであるニホンマムシ(Gloydius blomhoffii)。
そして長崎県対馬にのみ分布するツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)である。
このツシママムシ、外見はニホンマムシと大差ないものの、気性が荒くやたら攻撃的なのだという。
ひときわ凶暴な、対馬という離島にしかいない特殊なマムシ…。なんだか妙な魅力を感じてしまう。
その攻撃性を確かめるべく、ちょっと捕まえに行ってみよう。対馬へ。
対馬独特の文化と空気
対馬へは長崎空港からオリエンタルエアブリッジ(ORC)の小型機でほんの数十分。海路なら博多港からフェリーやジェットフォイルで数時間。
時は8月。機内の座席にはうちわが。…よく見るとORCクルーの皆さんが紹介されている。このローカルな感じが良い。
日本本土と朝鮮半島の中間に浮かぶ対馬には、韓国からの観光客も多い。街中のいたるところにハングルが。
街を歩いていても韓国語の会話が耳に飛び込んでくる。間もなく中国からのフェリーも就航するそうで、さらに国際色が豊かになると予想される。
ツシマヤマネコもマスコットとして島中にあふれかえっている。
せっかくなので対馬の名物料理も食べておこうと、到着するなりレンタカーで蕎麦屋へ。
対馬は対州そばも有名だが、今回注文したのは「ろくべえ」というユニークな麺料理。
ろくべえはサツマイモの澱粉で作られた太短い麺で、プルプルもちもちした独特な食感が楽しめる。
夜の林道をひたすら流す
この対馬訪問のターゲットはツシママムシとその食料となっているチョウセンヤマアカガエル(Rana dybowskii)とツシマアカガエル(Rana tsushimensis)、そしてツシマカブリモドキ(Damaster fruhstorferi)という昆虫である(ツシマカブリモドキ採集記はこちら)。
昼過ぎに対馬空港へ着くとすぐにレンタカーを受け取り、夕方のうちにツシマカブリモドキ用のトラップを設置。ツシママムシは夜行性なので、完全に陽が落ちてから捜索を開始する。
この森の中に無数のマムシがいるらしいのだが…。
探し方はひたすら夜の林道を車で流し、路上に飛び出している個体を探すというもの。森林性のヘビを探す場合、これが一番効率的な戦法なのだ。
林道を走っていると、道路わきの斜面や山肌に丸太をくりぬいたミツバチの巣箱が点在している。これは「蜂洞」と呼ばれる対馬独特のもので、内部にはニホンミツバチ(Apis cerana japonica)が巣を作っている。対馬は日本で唯一、セイヨウミツバチ(Apis mellifera)が侵入していない地域なのだ。
ニホンミツバチ。近年は外来種であるツマアカスズメバチ(Vespa velutina)によって蜂洞ごと甚大な被害を被っているらしい。
なお、噂によると、ツシママムシは非常に個体数が多く、比較的簡単に遭遇できるヘビだという。
ホットスポットに足を踏み入れると、数メートルおきにボトボトと落っこちているらしい。
おー、なんか前情報を聞く限りは楽勝っぽいな!
水の枯れた川にイノシシの頭骨が落ちていた。対馬のイノシシは1700年代初頭に一度絶滅しているが、近年再び増加。農業被害をもたらすまでになっている。
対馬の野生動物と交通事故
…しかし、いざ探し始めると案外見つからない。
代わりに、異常な数のツシマジカ(Cervus nippon pulchellus)が路上を闊歩している。ヘッドライトの光を浴びると、シカたちは逃げるどころか驚いて道路の真ん中でたちすくんでしまうので非常に危ない。
実際、シカとの衝突事故も頻発しているらしいので、マムシを見逃さないためにもできるだけゆっくりと車を走らせる。
尋常でない数のツシマジカ(ニホンジカの対馬固有亜種)たち。実はかつては天然記念物に指定されていたが、あまりに増えすぎて農業被害が出始めたために2006年に指定が解除された。
真っ暗な林道を流していると、黒い影がアスファルト上に落ちているのが見えた。
天然記念物であるツシマテン(Martes melampus tsuensis)の死骸であった。車にはねられたのだろう。
希少な野生動物の交通事故はツシマテンやツシマヤマネコ(Prionailurus bengalensis euptilurus)など希少種が多く生息する対馬では、非常に深刻な問題となっている。
交通事故死した天然記念物ツシマテン。
そして、交通事故の魔手は今夜のターゲットにも達していた。
アスファルト上に落ちている古ロープのような物体がヘッドランプに照らし出された。
「やった!ツシママムシだ!」
路肩に車を停めてハザードランプを焚き、駆け寄る。逃げる気配は無い。…まったく無い。
ああ、死骸だわこれ…。
どうやらタイヤに胴を潰されてしまったらしい。
その後も、3個体のツシママムシの死骸を見かけた。
マムシに関しては嫌悪と恐怖の対象になっているため、ひょっとしたら意図的に轢かれているのかもしれない(こうした狙いすました轢殺は沖縄のハブについても見られる)。
ロスタイムの奇跡
ツシママムシはなかなか見つからない。
しかし、林道には彼らの主食であると思われるチョウセンヤマアカガエルやツシマアカガエルがわらわらと出てきている。つまり、探している場所は間違っていないということ。
しかし、晴れ続きで道路は乾ききっているのにこの盛況。雨の後だったらどれほどの数が見られるのだろう。
チョウセンヤマアカガエル。対馬固有の両生類のひとつ。
捕まえて催眠術をかけ、全身をくまなく観察。
黄色く染まった腿の付け根が美しい。
2時を回るころには、心なしか路上の虫やカエルも減ってきたように感じられた。草木も眠る…というのは本当なのかもしれない。
やがて3時を過ぎると、いよいよ焦りが加速してくる。そして4時。東の空がほんのり白む。やばい!夜が明ける!
だが、ツシママムシは明け方にもっとも活発になるとも聞いたことがある。最大にして最後のチャンスにかけて、もうひと流し。
細い道の待避所に、木の枝が数本落ちている。
…そしてその中の一本が、妙に曲がりくねっているように見えた。ブレーキを踏んでじっと見つめると、その枝がするするとまっすぐに伸び、道路わきの藪へ向かって動き始めた。
「今度は!生きてる!」
車を停めて飛び出し、その進行方向に立ちふさがる。
やはりツシママムシだ!
僕が立ちはだかった瞬間に、一直線になっていた「枝」――、ツシママムシはしゅるりととぐろを巻いた。
ヘビのとぐろを巻くという行為は威嚇であり、攻撃の準備である。
おおう、さすが噂にたがわず気性が荒いな!と思った瞬間。
「バッ、バッ!」と二度、矢継ぎ早に飛びかかってきた。
「あっ。ホントに普通のマムシじゃないな。」
実際に攻撃を受けてみて、深く確信した。
全然とぐろを解いてくれない。
さらにカメラを構える、屈むなど、こちらが動くたびに口を開けて飛びかかってくる。
ニホンマムシであれば、ここまでひっきりなしに攻撃を繰り返すことはまず無い。
身をもって確かめることができて感激だ。
舌をチロチロさせながらこちらを見据えるツシママムシ。
綺麗な柄だなぁ。
じゃあ…、捕ろうか。
足をツシママムシの鼻先に突き出し、一度飛びかからせる。そのアタックをかわすと、次の攻撃態勢に移るまでラグが生じるのでその隙に頭を軽く踏みつけ、首根っこをぎゅっと掴む。
捕獲ー!小さいけど、素手で捕るのはなかなかスリリングだった。
捕まえることで、毒牙をはじめ細部の観察も行うことができた。
マムシ類の頭部は三角形だが、このふくらみには唾液腺が変化した毒腺が詰まっている。
口を開くと、鞘状のひだに包まれた一対の毒牙が見える。
体表にはマダニがたくさんくっついていた。手足が無いと振り払えないからうっとうしいだろうなー。
その後も林床でもう一匹のツシママムシに遭遇し、気性の荒さを再確認。
「いやー、噂通りヤバい奴だったなー…。」というよくわからない満足感を抱きつつ、ホクホクした気持ちで対馬を後にした。
帰路はジェットフォイル「ヴィーナス2」で博多港へ。またすぐに来よう。次の狙いは何にしようかな。